光秀と秀吉

目次

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● 信長と光秀

● 秀吉と恵瓊

● 秀吉の大返し

● 本能寺燃える

● 光秀と秀吉


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信長と光秀

明智光秀は愛宕山で連歌が終わり、丹波亀山城にいた。そこから京の方に眼をやった。
これから自分がしようとしていることが正しいのかどうか考えている。
(ことここに至ってはこうするよりなし)
これは重臣たちとも話し合ったことだ。
その夜、光秀はなかなか眠れなかった。
主君である織田信長という男のことを考えている。
足利幕府の再興のために義昭を将軍にしようと信長に頼り、そこで信長という男に魅かれた。
これまでにない斬新なおこないで、旧勢力を潰していく。ときには行き過ぎに思えるが、天下平定のためには仕方のないこともあった。
こういう男がまさに救世主なのだと光秀は思った。
それからは信長の下で働き、織田家中の中でも上りつめた。今や光秀は織田家の重臣の一人である。その中でも教養や知識にかけては誰も敵うまいと思っている。
信長もその意味でも光秀を重用した。
「わが家中には一軍を率いて戦場を駆けまわる将はいくらでもいるが、お前のように教養や学問のあるやつはおらぬ」
信長からもそう言われたことがあり、それが光秀の役割と心得ていた。
ところが近頃の信長の態度はどうだ。
(私のことが気に入らないのでは)
そう思うことがある。
人前で打擲もされ、母を人質に出してまで降伏させた大名を斬り、母は殺された。徳川家康の接待役を解かれ、今こうしている。
中国で毛利と戦っている羽柴秀吉への援軍であるが、現在の領土を没収され、新たな領土を与えると言われたが、今それは毛利領である。
昔の罪状で罰せられて大名が出てきた。
使うだけ使うと捨てる、それが織田信長という男なのかもしれない。
(このままでは私も)
そう思ったとき光秀の心は決まっていた。
そして翌日、秀吉の応援に向かっていた光秀は急に京の方角に向きを変えた。
「敵は本能寺にあり」
光秀は信長のいる本能寺向けて軍を進めた。

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秀吉と恵瓊

備中高松城を囲んでいた秀吉は、光秀からの毛利宛ての密書を見るなり軍師の黒田官兵衛を呼んだ。
しばらくすると、片足を引きずりながら黒田官兵衛があらわれた。
官兵衛は一年ほど牢に入れられていたため足が不自由になったのである。
「ほう、これは」
「いかがしたものと思う」
「殿、これは好機でございます。明智を討つ名目もございますし、さすれば天下は殿のもの」
「これ、大それたことを」
官兵衛は不敵な笑みを浮かべ秀吉を見た。
「それに毛利をなんとする」
「これがこちらの手にあるということは、毛利は京でのことを知りませぬ。和議を結び、すぐさま京に」
秀吉は官兵衛の言葉にうなずき、すぐに毛利陣営にいる安国寺恵瓊に使者を出した。
恵瓊は毛利に仕える僧であり、軍を率いることもあるが、政治や使者として重要な役についている。秀吉とも面識があった。
はじめて秀吉と恵瓊があったとき、恵瓊は秀吉にはこれから天の恵みがあるというようなことを言った。さらに信長が謀反により殺されるかもしれないことを匂わしていた。
その予想が当たったのである。
恵瓊も秀吉ひとりとなら会うと言ってきた。
秀吉はこの恵瓊には信長の死を明かした。恵瓊なら秘密を守ってくれると思ったからだ。
「なるほど、ならばこと成功の暁には、毛利家をくれぐれもよしなに」
秀吉は毛利家だけでなく、恵瓊のことも保障する約束もした。
そこで恵瓊は、高松城の城主を切腹させることにして和議を結んだ。
そして秀吉は迅速に動いた。
毛利は当主の輝元がまだ若く、今は亡き輝元の父の弟ふたりが支えている。
恵瓊の対応に怒り、今すぐ秀吉軍を追撃すると言いだしたのは、その弟のひとりである吉川元春であったが、さらにその弟の小早川隆景が抑えた。
こうして秀吉軍は京めがけて進んでいった。

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秀吉の大返し

秀吉は毛利と和議を結び、大急ぎで居城の姫路城に到着した。
光秀の様子を探らせていた者からの報告だと、光秀は朝廷などに金を使い、京を治めているようである。さらには近江などにも兵を出し、戦果をあげている。
謀叛を起こすなどしたら、たちまち孤立するものと思ったが、さすがに光秀は考えている。
秀吉にしても姫路に帰るまで疲れていたが、さらにここから京まで行かなければならない。
兵力はこちらの方が多いといっても、疲れた兵とそうでない者とではどうであろう。
後に秀吉の大返しといわれるこの秀吉の速さではあるが、味方が欲しかった。
近くにいて今動けるのは、四国に向かうはずだった信長の三男信孝と、それにつけられている重臣丹羽長秀の部隊である。
しかし、本能寺の凶報が届いてからは混乱していた。
それに光秀に味方する者たちのことを考えておかなければならない。
まず細川である。細川藤孝の息子忠興の妻は光秀の娘である。さらに高山右近に清川瀬兵衛、筒井順慶などである。
どれも光秀とは縁が深い。
秀吉は信孝に連絡を取ると同時に近隣の池田にも援護を求めた。
主君信長の仇を討つという名目が秀吉にはある。
(正義はこちらにある)
必ず多くの味方が集まると確信している。
秀吉は突然の退却で疲れている兵卒に事情を説明し、これからのことを説明した・
「これより信長公の仇を討つ。これより遮二無二進み、死を決して逆賊明智を討つ」
秀吉はこれに天下の野望も賭けた。
秀吉、中国大返しは、この中に生まれた異常な気持ちによって達せられた。

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本能寺燃える

光秀は天を焦がす炎を見つめている。
信長の宿所である本能寺に攻め込み、ついに信長を・・・。
燃えている本能寺を見ると一瞬気が抜けそうになった。
(こうも簡単に成功するもの)
光秀は自分の計画に酔ってしまいそうになった。
「首はまだか」
先程から同じ質問を繰り返す。
本能寺を襲い、そして信長を討つことができた。しかし、その信長の首が発見されていない。
詳しく訊くと、信長が奥に入って火をかけたというだけで本当に信長が死んだかどうかわからないのである。
(まさか)
光秀は生きていることを想像した。
光秀は焦った。
信長が生きていればどのような軍を起して反撃してこないともかぎらない。
しかし本能寺は燃えている。
光秀は心を落ち着け、禁裏や朝廷への保護を忘れなかった。さらに、織田と敵対している各大名に信長を討ったという書状を送った。
京の安定にも力を注いだ。
信長の弔い合戦だといって天下を狙ってくる者もいるだろう。
だがそれらは釘づけ状態でそう簡単に京へは来られないことを計算している。
東北では柴田勝家が上杉と、滝川一益も近頃破った武田の信州に、丹羽長秀も信長の三男信孝とともに四国の長曾我部攻めに向かう途中、そして羽柴秀吉は中国の毛利と、それぞれ交戦中であった。
織田家中で光秀と並んでいた四人の重臣すべてが、簡単には京へは向かえない。
光秀に油断があった。
そのころ、光秀の密書を持って中国の毛利のもとへ向かっていた使者が羽柴秀吉の見張りに見つかった。
(なんと)
秀吉は驚いたが、すぐに、
「官兵衛を呼べ」
近習に叫んだ。
(天下が動くぞ)
秀吉は心臓の鼓動が早まるのがわかった。

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光秀と秀吉

光秀のもとに秀吉が迫っているという報告がもたらされた。
(速い)
光秀は秀吉の猿顔を思い浮かべた。
出自は別として織田家中のなかで同じような立場にあった秀吉に光秀は特別な意識をもっていた。
お互いに織田家中にあっては余所者同士だった。
長年織田家に仕えていたわけではなく、信長に才能を認められ家臣に加えられた。
光秀も秀吉も、織田家の重臣たちを置いてどんどん昇進していった。
自然対抗意識のようなものが芽生えてきた。
(もしこの男と戦をするようなことがあったら)
何度かそう考えてみたことがあった。どうやらそれは相手も同じらしい。
同じ織田家中では味方同士だが、秀吉が駆けつけるという報告を訊いて、
(いよいよか)
秀吉との対決を楽しみにしている自分がいるのを感じた。
自分が兵の駆け引きで秀吉に負けるとは思わない。
それだけの自信はある。
対抗意識を持ちながらも光秀は秀吉を評価している。それは秀吉も同じで、お互いに自分にないものを相手が持っていると感じている。
それは性格というものだろう。
光秀は冷静で思慮深く物事を考え、学問を好む。
しかし秀吉はそれとは対照的な人物である。
陽気な性格であり、ひらめきの人である。
知識の光秀と知恵の秀吉とでもいうのであろうか。
「藤孝殿はなんと言われている」
光秀は一族の明智光春に訊いた。
「はっ、まだお返事はございません」
まさか細川藤孝が援軍を送って来ないとは考えられない。
(藤孝殿)
光秀は親友の名を心で唱えた。

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