明智光秀は愛宕山で連歌が終わり、丹波亀山城にいた。そこから京の方に眼をやった。
これから自分がしようとしていることが正しいのかどうか考えている。
(ことここに至ってはこうするよりなし)
これは重臣たちとも話し合ったことだ。
その夜、光秀はなかなか眠れなかった。
主君である織田信長という男のことを考えている。
足利幕府の再興のために義昭を将軍にしようと信長に頼り、そこで信長という男に魅かれた。
これまでにない斬新なおこないで、旧勢力を潰していく。ときには行き過ぎに思えるが、天下平定のためには仕方のないこともあった。
こういう男がまさに救世主なのだと光秀は思った。
それからは信長の下で働き、織田家中の中でも上りつめた。今や光秀は織田家の重臣の一人である。その中でも教養や知識にかけては誰も敵うまいと思っている。
信長もその意味でも光秀を重用した。
「わが家中には一軍を率いて戦場を駆けまわる将はいくらでもいるが、お前のように教養や学問のあるやつはおらぬ」
信長からもそう言われたことがあり、それが光秀の役割と心得ていた。
ところが近頃の信長の態度はどうだ。
(私のことが気に入らないのでは)
そう思うことがある。
人前で打擲もされ、母を人質に出してまで降伏させた大名を斬り、母は殺された。徳川家康の接待役を解かれ、今こうしている。
中国で毛利と戦っている羽柴秀吉への援軍であるが、現在の領土を没収され、新たな領土を与えると言われたが、今それは毛利領である。
昔の罪状で罰せられて大名が出てきた。
使うだけ使うと捨てる、それが織田信長という男なのかもしれない。
(このままでは私も)
そう思ったとき光秀の心は決まっていた。
そして翌日、秀吉の応援に向かっていた光秀は急に京の方角に向きを変えた。
「敵は本能寺にあり」
光秀は信長のいる本能寺向けて軍を進めた。
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